迷探偵岡目八目氏「電信柱についた歯型の謎・第二部 歯型の謎」


◆騒動

  それからの騒ぎといったら、もうとんでもなかった。

 TVはもちろんのこと、雑誌やら何やら、マスコミが大挙しておしかけてきたんだ。もちろん、「セ・シーマ」の真理さんも、ぽち1号に乗って駆けつけてきた。

 幸い、上越警部の配慮で、ぼくと美葉があの電信柱についた歯型を最初に発見したということは、マスコミには伏せられていたんだ。第一発見者は、電柱によじ登ったK談社のO田さんや、ホテルにいた中村朽さんということになっていたから、ぼくや美葉が追いかけられることはなかった。O田さんは、やはりマスコミの取材がどういうものか知っているから、「琢人君から聞いたことは、黙っているからね」と約束してくれた(なんて男らしいんだろう!)。もちろん、真理さんは、父さんから話を聞いて真相を知ってはいたけれど、記事にはしないでくれていた(なんて素敵な人なんだろう!)。

 * * *

 それにしても、O田さんにマイクが向けられたときのやりとりは、何度思い出しても上手かったと思う。

「どうして電柱によじ登ったりしたんですか? のぞきのため? それが、K談社の編集者のすることですかっ!」

 というような、ヒステリックな質問に、

「あなた、マスコミにいるのに、この話を知らなかったんですか?」

 と、切り返したんだ。

 あっけにとられているレポーターに、追い討ちをかけて、

「不勉強だなあ、もう3か月前から、ミステリ業界では、この電信柱に『歯型』がついていることは、有名な話なんですよ。作家さんとの間で、『誰が、どうやって、なぜにこの歯型をつけたのか』だけじゃなくて、『誰が、どうやってこの歯型を発見したのか』が話題になっているんです。そうですよね、『セ・シーマ』の伊藤さん?」

 真理さんも、さすがだった。

「そうですよ、編集者やなくて、雑誌記者のわたしだって知っている話です。そんなことも知らんと、よくレポーターがつとまりますなあ」

「ほら、そうでしょ? ねえ、あなたも、まさか知らないわけじゃないですよね」

 今度は、全然知らない記者の肩をつかんで問い詰めている。こうなると、やはり「知らない」とはいえないよね。

「え、ええ、まあ・・・」

「ほら、この人もそうだ。やっぱり、あなただけなんだ、物知らずは」

 レポーターは、真っ青になって、

「いえ、私も知ってますよ、だから、どうして電柱によじ登ったりしたのかと尋ねたんですっ!」

 もう完全にO田さんのペースだね。

「それは、現場を確かめるためですよ。この話は、ご存知ない方も多いと思いますが、S英社さんのサイトに、『顰蹙猿楽町日記』がありますよね、残念ながら、今はもう閉鎖されてしまいましたけれど。その第4回に、八ヶ岳スキー合宿密室事件の顛末が出ています。あの話が膨らんで、原書房さんからその謎にまつわる本が出ました(笠井潔編「八ヶ岳『雪密室』の謎」)。実は、この『歯型の謎』をめぐって、本にならないか、計画中なんです。そして、その計画をしているのが僕です。本当に歯型がなければ、お話にならないでしょ? それで、本当に歯型がついているかどうか、確かめるために登った、というわけです」

 こういう説明をされたら、納得するしかないよね、普通は。「作家さんとの間」といっても、父さんとO田さんの間で話題になっていたことは確かだし、「計画」があるかないかは、O田さんの頭の中だけにあっても計画としてあることになるんだから、嘘は一つもついていない。それでいて、相手や周囲の見栄を利用して(心理的な駆け引きも凄い。相手の面子を潰すような方向で先制攻撃をしておいて、相手の顔を立てるような逃げ道を残しておくんだから)、あっという間に新しい状況を作ってしまった。

 O田さん、編集者より詐欺師に向いているんじゃないかな・・・

 * * *

 そうして、マスコミでこの謎が伝えられると、物好きな見物人も大勢やってくるようになった。特に、ミステリ好きの人たちが集まってきたみたい。ただの見物人だけじゃなくて、「のぞき趣味」の、変な人たちも、大勢やってくるようになった。そうすると、最初の1週間こそ、泊り客が増えたものの、お向かいにあるホテル(実際は、普通のホテルじゃなくて、ラブホテルなんだけどね)は閑古鳥が鳴くようになり、1ヶ月後には閉鎖されてしまった。

 だから、この近辺をうろつく変な人は、ラブホテルの利用者から、見物人に変わっただけで、相変わらず多い。ただ、そのおかげで、虹北商店街の人通りは随分と増えて活気が出てきたし、恭助さんの古本屋さんは繁盛するようになったけれど、美里さんは「恭助さんのお店でも立ち読みができなくなった」とぼやいている。

 * * *

 それにしても、誰が、どうしてあんな歯型をつけたんだろう?

 ぼくは、ずっと考え続けていたけれど、どうしても答えが分からなかった。父さんも、よくこの話を中村巧さんとしているけれど、答えがわからないみたいだから、ぼくに分からなくても仕方がないけれど、第一発見者としては、ちょっと悔しい。

 分かっている事実を、真理さんのメモをもとに、整理し直してみよう。


・電柱は、コンクリート製で、高さは約10m。歯型をのぞけば、ごく普通のもの。

・第一発見者は、美葉ちゃんと、琢人君(これは秘密)。

・その話を聞きつけた、K談社のO田さんが、電柱によじ登って、間近で確認。

・歯型は、人間のもの。

・現在、「誰がどうやって見つけたのか」という疑問には、「都市伝説的に、作家の間で広まっていた」ということになっている。


 これだけじゃ、何も分からないよ、やっぱり。

 * * *

 でも、困ったことがある。最初の頃は、面白がっていたんだけれど、特にマスコミが煩わしくて、仕方がなくなったんだ。多分、あのご近所さんも、同じように感じているんじゃないかな。謎解きはともかく、マスコミを追い払わないことには、日常生活がかえってこないよ。

 そこで、ぼくたちは、教授の住む洋館で、作戦会議を開くことにしたんだ。

「もう、いやになりましたよ」

 ぼくがぽつりとつぶやくと、亜衣さんも

「そうよねえ」

 と同調してくれる。

「あたしも、いい加減にしてほしいと思っているの」

 とは、真衣さんの弁。

「だって、ろくにジョギングもできないんだもん。振りきるのは簡単だけれど、しつこいし、あんまり大勢いるし」

 亜衣さんは、すかさず突っ込む。

「あら、真衣にはかえっていいトレーニングになるんじゃないの?」

「トレーニングにはなるけれど、カメラ小僧まで出没して、写真をとられるのはごめんだわ」

 美衣さんも、

「それに、あたしたちみたいな、そっくりの三つ子だと、どうしても注目されてしまうのよね」

 そして、ため息の三重奏。

「あの歯型の謎が解けないうちは、どうしようもないということになれば・・・」

 ぼくが嘆息すると、亜衣さんがその後を引き取った。

「こうなったら・・・ 毒をもって毒を制す、ね」

 亜衣さんの言葉に、一斉にうなづいたぼくたちは、この騒ぎにすら気づいていない、ただ一人の人間に目をやった。その人−−教授は、今は昼寝の真っ最中。

 ひそひそ声で相談を終えると、

「頑張るぞーっ!」

「おーっ!」

 * * *

 次の日から、僕たちは、真理さんにもお願いして、マスコミ向けに、ビラを配った。題して、

「名探偵・夢水清志郎が『歯型の謎』を解き明かす!」

 こんな記者会見をセッティングしたんだ。

 効果はてきめん。なにせ、教授がマスコミに登場して、少なくとも表面上、まともに解決した事件はないでしょ? ブン屋さんも、TV局のクルーも、みんな引き上げてしまった。「あの名探偵サマのお出ましとあっちゃ、もうお話にならんね」と、異口同音。

 それで、マスコミが集まった大騒ぎは急に収まった。以前の、この街の静けさが戻ってきた。ちょっと様子が変わったのは、あのホテルが休業状態になってしまったこと。マスコミに報道されたことで、このあたりには、以前とはちょっと違う、変な人たちが一時的に訪れるようになったけれど、人目を忍ぶはずの「物好きなカップル」が、マスコミの大行列の前で、こんなホテルを利用できるはずもないもんね。

 残ったのは、あの、電信柱についた歯型と、その謎。誰が、どうしてつけたのだろう? そして教授だけは、「名探偵の地位が、日本では低すぎる」と嘆いている。


◆ 推理

「こうなったら、わたしたちの出番よね。この事件を解決するのよ!」

 気合の入った亜衣さんが、切り出した。

 そう、TVや週刊誌といったマスコミは、本当の第一発見者さえ知らないんだから、謎が解けなくても当たり前。データ不足なんだから。

 もちろん、必要なデータは、まだ不足しているかもしれない。けれども、この一連の騒動に関連して、一番多くのデータを手にしているのはぼくたちなんだから、ぼくたちになら、この事件は、解決できるかもしれない。

 え? でも・・・

「亜衣さん、事件といっても・・・」

「事件といっても?」

 僕は、素朴な疑問を口にした。

 被害者がいないのに、事件といえるんだろうか? この騒動で、被害を受けた人はいないんじゃないか? 確かに、この近辺の住人たちは、騒動のおかげで、随分迷惑したけれど、それも今は笑い話にしかならない。あえていえば、逮捕されたO田さんが被害者ということになるんだろうか? それとも、名探偵の地位が低すぎると嘆く教授が被害者?

「まあ、どっちでもいいんじゃないの?」

 真衣さんは、ぼくの肩を叩きながら、

「あれだけの騒ぎなら、被害者がいようがいるまいが、事件って呼んでいいんじゃないの?」

 それもそうか。

 * * *

「それじゃあ、定跡どおり、この事件で誰が得をするのか、ということから考えてみましょうよ」

 ぼくの提案に、三姉妹は頷いた。

 しばし、沈思黙考。

 そこで、最初に口を開いたのは、美衣さんだった。

「もしかして、琢人君?」

 ぼくだけでなく、亜衣さんと真衣さんも口をあんぐりあけている。

「どどど、ど、ど、どういうことです?」

 情けないくらいにどもってしまった。

「ちょっと、美衣、どんな得が、琢人君にあるっていうの?」

 冷静な、でもちょっとだけあきれたような調子で、真衣さんが突っ込む。

「有名になりたかった、とか・・・」

 一瞬の沈黙の後、大爆笑になった。

「そりゃ、確かに第一発見者がぼくですから、名乗り出れば有名になったかもしれませんけど、マスコミには伏せられていたことですから、ぼくが有名になんて、なれっこありませんよ」

 もし、名乗り出ていたとしても、今ではすっかり忘れられた存在になっているだろうな。そんなの、得にもならないよ。

「はしゃぐネタが出来たという意味では、マスコミに得があったかも知れないわね・・・」

 これは、亜衣さんの意見。

「あら、でも、ああいう騒動というか、事件を起こすのはマスコミの習性で、あえて得とはいえないんじゃない?」

 またしても、真衣さんの突っ込み。

「そういえばそうよね。真理さんだって、結局つかんでいた事実を伏せて、スクープにしなかったんだし、この件で、得があったとはいえないわ・・・」

 うーん・・・

 4人して、腕組みをして、首を傾げてしまった。

 * * *

 しばらく考えるうち、ふと閃くものがあった。

「あの、ぼく、ちょっと閃いたんですけど・・・」

 3人の視線が集中する。

「スキーツアー・八ヶ岳密室事件って知ってますか?」

 3人とも、「はぁ?」という顔をしている。

「S英社のサイトにある、顰蹙猿楽町日記に出ていたんですけど、このパソコンのオフライン作業で読めるといいんだけど・・・」

 手許のノートパソコンで、ブラウザを開くと・・・ ああ、よかった。

「まず、これを読んでもらいたいんです」

 簡単に説明するね。ミステリ作家さんを中心にして集まるスキー合宿の場で、誰にも覚えがないのに、借りた部屋に鍵がかかっていた、フロントのマスターキーで入ってみると、なんと部屋の中に鍵があった、という事件(?)があったんだ。で、その謎解きがモチーフになって、どうやら本が出るようなんだ。

「そういえば、『50円玉20枚の謎』っていう本もあったわね」

「ああ、そうですね」

 さすが、亜衣さんはミステリ・ファンだ。ついでに父さんの本には、『5円玉9枚の謎』というエピソードがあるんだよね。

「ということは?」

 真衣さんは、まだピンとこないらしい。

「これだけ話題になった『歯型の謎』ですから、謎解きの本が出たら、きっと売れるんじゃないでしょうか」

「うん、そうね」

「それで、実際に、この春、「八ヶ岳『雪密』の謎」という本が、立風書房から出ましたよね」

 うんうん、と亜衣さん。

「売れる本を作るために身を削るのは誰でしょうか。作家と編集者です」

「なるほどね」

「今回の場合、編集者としてこういう本を作ろうなんて考えるのは、O田さんぐらいでしょう。ですから、歯型をつけた犯人の一人が、O田さんであることは間違いないと思います。編集者魂が、自分を電柱にのぼらせ、警察に拘留させたんでしょう」

 美衣さんが頷く。

「で、作家側にも犯人がいないか・・・ ということなんですが」

 ここで、亜衣さんが声をひそめて尋ねた。

「もしかして、はやみねさん?」

「それはないと思います」

 父さんは、目下、締切に追われ、しかも、トリックが思いつかないといつも嘆いている身であるという事情を説明した。

「いつも締切を延ばしてくれるように、編集さんには頼んでいるんですよ。こんな『歯型の謎』が手持ちのトリックにあったら、それで単行本を書いてますって」

「それもそうね」

 3人に、一斉に頷かれると、ちょっと複雑な気分になる。気を取り直して、ぼくは続けた。

「父さんの周囲に、重要容疑者がいるんです」

「えっ?」

 ぼくは、ブックマークしてある「はやみねかおるの『広がるプラレールの世界』」をクリックして、そこから「ぷらぷら掲示板」を開いた。

「ここの、頭のところです」

 三姉妹とも、息を呑んでいる。ここで、狙われているのは・・・

「た、た、た、たっぷさん?」

 * * *

 状況証拠を、ぼくは、説明することにした。

 たっぷさんは、講談社ホワイトハート文庫から、5冊完結のシリーズを出し、しかも別の新シリーズを執筆するほど、安定した力を発揮している作家さんであること。だから、なんらかのきっかけで、メジャーになるだけの力量はあるし、それは作品からも明らかであること。とはいえ、現状で、たっぷさんの年収は、新車一台分以下らしいこと(2000年10月30日の日記より)。だから、メジャーになるきっかけとして、『歯型の謎』を、O田さんから持ち掛けられれば、飛びつく可能性が高いこと。しかも、はやみねかおる、北村薫といった推理作家の作品が好きであるということからも分かるように、殺人の絡まないミステリが好きであるらしいし、それならば、突拍子もないとはいえ、殺人の絡まない『歯型の謎』の解決を提示する作品も、書けるのではないか、ということ。

 しばしの沈黙。

「そうか・・・」と亜衣さん。

「そうだわ・・・」と真衣さん。

「そうね・・・」と美衣さん。

 ということで、ぼくたちの意見は出揃いました。

 * * *

 犯人は、O田さんとたっぷさんです!


<作者からの挑戦状(その1)>

 以上の推理から、電信柱に歯型をつけた犯人は、「たっぷ」さんだと結論されました。

 ここで、作者が、挑戦状をさしはさむことをお許しください。

 私は、たっぷさんに挑戦する!

 以上の推理について、論理的に自分(たっぷさん)が犯人ではないことを証明してみせてください。もし、証明できない場合は、自分が犯人であることを認め、歯型を電信柱につけた手口を自白してください。


<作者からの挑戦状(その2)>

 以上の推理から、電信柱に歯型をつけた犯人は、「たっぷ」さんだと結論されました。

 ここで、作者が、挑戦状をさしはさむことをお許しください。

 私は、迷探偵・天井冴太くんに挑戦する!

 以上の推理について、それを上回る、突拍子もない「迷推理」を展開してみせてください。

(「電信柱についた歯型の謎・第一部 発見者の謎」はこちら★)

公式ファンサイトはやみねかおるの『拡がるプラレールの世界』バナーデザイン(C)takumi